有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
小

小沢碧童

おざわ へきどう
Wiki ↗

小沢 碧童(おざわ へきどう、1881年(明治14年)11月14日 - 1941年(昭和16年)11月17日)は、日本の俳人。本名は清太郎、のちに西徳。忠兵衛とも。東京都出身。 1881年(明治14年)に日本橋区(現在の中央区)本船町で生まれる。生家は魚問屋を営んでいたが、8歳で祖父の元に養子に出された。祖父は「西徳めぐすり」という目薬を作って生計を立てていた。当初は正岡子規門下の松下紫人から定形俳句を学んでいたが、やがて河東碧梧桐の新傾向俳句に傾倒し、前述の目薬を碧梧桐が買いに来た縁で、碧梧桐の主宰する『海紅』に参加、自由律俳句を詠むようになる。明治37年、上根岸町(現在の台東区根岸)の自宅を骨立舎と命名して俳道場も開いた。

出典:ウィキペディア「小沢碧童」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋