藤原 正章(ふじわら まさあき、1889年 - 没年不詳)は岡山県出身で日本代表となった自転車競技選手であり飛行家。後に藤原 延と改名した。 1889年(明治22年)8月26日、後の津山市茅町で誕生。神戸三宮で複数の銭湯を経営する藤原家の婿養子となる。神戸では同じ飛行機マニアの稲垣足穂と親しみ、一緒に実物大の模型飛行機を造っている。多くの輸入自転車が入って来ていた明治末期から大正にかけて自転車レースは非常に人気があり、自転車選手は子供たちの憧れだった。1913年(大正2年)神戸新聞社が主催する須磨の自転車競走会が開始され正章も参加。これは毎年2回行われ、関西勢だけでなく関東からも選手が来るなど活況を呈した。
出典:ウィキペディア「藤原正章」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
