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相

相良守典

さがら もりつね
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相良 守典(さがら もりつね、天保8年3月3日〈1837年4月7日〉 - 大正7年〈1918年〉6月22日)は、幕末期の庄内藩銃隊頭。明治期の地方官吏、郡長。通称は文八郎。 相良守峯(ドイツ文学者)、相良守次(心理学者)は孫に当たる。 天保8年3月(1837年4月)、庄内藩士相良文右衛門(守富)の3男として生れ、のちに兄八十吉(守均)の跡を継いだ。安政2年(1855年)選ばれて砲術修業のため江川太郎左衛門の塾に入門した。慶応4/明治元年(1868年)の戊辰戦争では、庄内軍の銃兵部隊を指揮する立場で転戦し、4月の清川口の戦いに銃兵指図役として従軍したのをはじめ、銃隊頭として長岡藩支援のため北越戦争にも参戦した。

出典:ウィキペディア「相良守典」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋