河口 善之助(かわぐち ぜんのすけ、1863年2月24日(文久3年1月7日)- 1933年(昭和8年)11月13日)は、明治期から昭和初期の農業経営者・実業家・政治家。衆議院議員、山梨県南都留郡谷村長、同谷村町長。 甲斐国都留郡、のちの谷村(山梨県南都留郡谷村、谷村町を経て現都留市)で、豪農・河口善兵衛の長男として生まれる。和漢学、数学を修めた。1877年(明治10年)1月、家督を相続し農業を営む。 1882年(明治15年)7月、巌村(現上野原市)の古家広泰らの鶴北自由党(のち峡中立憲党)に入党し自由民権運動に加わった。谷村長、谷村町長、南都留郡会議員、同参事会員、所得税調査員を務めた。1888年(明治21年)山梨県会議員に選出された。
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