磯部 四郎(いそべ しろう、1851年6月25日(嘉永4年5月26日) - 1923年(大正12年)9月1日)は、日本の法学者。大審院検事・判事。弁護士。法典調査会委員。衆議院議員。貴族院勅選議員。 娘婿は政治家の磯部尚、孫は歌舞伎役者の二代目坂東市太郎。 花札賭博が大好きで、大審院検事のとき、大審院長や同僚を誘い、柳橋で芸者をあげて遊興三昧のあげく、辞職に追い込まれた。それでも花札は終生止められず、明治天皇にまで教え、いたく興味をもたれたという。 1892年(明治25年)の弄花事件は、前年の大津事件の報復とも、大審院内部の判事対検事の抗争とも言われるが、磯部の免官は、この事件で訴追側の検察内部に疑惑の中心人物がいては不都合だったためとも考えられる。
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