青木 儀作(あおき ぎさく、1889年〈明治22年〉 - 1965年〈昭和40年〉1月2日)は、日本の煙火師・花火師。花火業界では初めて黄綬褒章を受章し、「花火の神様」とも呼ばれた。 息子の青木多門、孫の青木昭夫も煙火師として活躍し、3代にわたって日本煙火芸術協会の会長を務めている。 長野県上水内郡安茂里村差出(現・長野市安茂里差出)に三男一女の末子として生まれ、早くから村社・久保寺煙火行事に参加して花火と関わる。安茂里小学校高等科を出て農業に従事。地元には藤原善九朗経営の煙火工場もあり、花火に関心を寄せて研究を重ね、兵役後の大正5年(1916年)には花火工場をつくり、煙火製造に専念する花火師となった。
出典:ウィキペディア「青木儀作」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
