川上 冬崖(かわかみ とうがい、文政10年6月11日〈1827年7月4日〉 - 明治14年〈1881年〉5月3日)は、幕末から明治前期にかけて活躍した南画家、洋風画家、図画教育者である。諱は寛(ひろし)、幼名は斧松、字は子栗、通称は万之丞。 文政10年(1827年、文政11年〈1828年〉生まれとも言われる)、信濃国高井郡松代藩領福島新田村(現長野県長野市)に山岸瀬左衛門の末子として生まれる。母の実家である墨坂神社宮司方から須坂藩藩校立政館に学ぶ。弘化元年(1844年)江戸に出て上野寛永寺東叡院の小従となり、同院に出入れしていた円山四条派の絵師大西椿年に写生画を学んだ。嘉永4年(1851年)に幕府御家人株を購入、川上仙之助の養子となり、以後川上姓を名乗る。
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