朝日姫 / 旭姫(あさひひめ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての女性。豊臣秀吉の妹で、晩年には秀吉の政略によって、徳川家康の正室(継室)となった。名は旭(あさひ)といわれる。家康との結婚後は駿河御前(するがごぜん)と呼ばれ、死後は法名の南明院(なんめいいん)でも呼ばれる。 天文12年(1543年)、竹阿弥と、なか(大政所)の娘として誕生。ただし、兄弟の中で一番年上とされる姉のとも(日秀尼)ゆかりの瑞龍寺に伝わる『瑞龍寺差出』には、ともの父親は天文12年正月に没したと記されている。朝日の生年と『瑞龍寺差出』の両方が正しいとした場合、朝日はともや豊臣秀吉、豊臣秀長と同父母の兄弟であったことになる(ただし、『瑞龍寺差出』には父親の俗名に関しては記載されていないため、秀長や朝日が木下弥右衛門の実子である可能性があると同時に、ともや秀吉が竹阿弥の実子である可能性も否定できない)。
出典:ウィキペディア「朝日姫」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
