神野 良(かんの りょう、1851年(嘉永4年3月)- 1910年(明治43年)7月15日)は、明治時代の政治家。衆議院議員(1期)。 能登国鹿島郡、のちの石川県鹿島郡徳田村(現七尾市)に生まれる。地租改正総代を経て、1876年(明治9年)啓明学校(のち中学師範学校)に入り、同副塾長に抜擢される。鹿島郡山林改租総代、農事通信委員を経て、中山長吉らと共に七尾町(現七尾市)にて勧業博覧会を開催した。1879年(明治12年)居村外12箇村戸長に就任し、ついで石川県会議員、村会議員、連合会議員を経て、石川県に出仕し1881年(明治14年)まで務めたのち再び県議に当選した。1882年(明治15年)3月、県会副議長に挙げられ、常置委員、郡内連合町村会議員、学区会議員を兼ねた。
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