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新垣世璋

あらかき せいしょう
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新垣 世璋(あらかき せいしょう、1840年 - 1920年)は、琉球王国末期から明治期にかけて活躍した唐手(現・空手)家であり、那覇手の大家である。 新垣世璋は、1840年(天保11年)那覇市東若狭町に生まれた。あだ名は「猫(マヤー)・新垣」もしくは「新垣小(グヮー)」と言い、位階は親雲上であった。従って、新垣の正式な呼び名は、新垣親雲上世璋である。新垣家は久米村出身ではないが、子供の頃より久米村に通って勉強していたため、久米村に友人が多かった。唐手(とうで)は鄭氏屋部親雲上(元の外間)に師事した。 新垣は、1867年(慶応3年)、首里崎山にあった王家別邸・御茶屋御殿で開催された冊封終了の祝賀会で、十三歩、ちしやうきん、交手(組手)などを演武しており(ウンスーを演武したとの記録もある)当時すでに名の知れた唐手家であった事が覗える。

出典:ウィキペディア「新垣世璋」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋

🎂 1840年生📍 沖縄県那覇市出身💼 琉球王国末期から明治期にかけて活躍した唐手