木本 源吉(きもと げんきち、1872年6月15日(明治5年5月10日)- 1944年(昭和19年)1月5日)は、明治から昭和前期の実業家、政治家。衆議院議員、貴族院多額納税者議員、奈良県奈良市長。 奈良県添上郡紀寺村(奈良町を経て現奈良市)で、豪農・木本孫治郎の長男として生まれる。同志社政法学校で経済を学んだ。 帰郷して家業に従事し、1910年(明治43年)8月、家督を相続した。奈良銀行頭取、産業銀行頭取、奈良県農工銀行取締役、日本勧業銀行地方顧問、奈良実業協会会長、奈良県実業連合会会長、奈良教育会会長、兵事会会長、日本赤十字社奈良委員長、大日本武徳会地方委員、恩賜財団済生会評議員、大和山岳会長などを務めた。
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