長宗我部 元親(ちょうそかべ/ちょうすがめ もとちか)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての 大名・武将。長宗我部氏第21代当主。長宗我部国親の長男。 国司家である土佐一条氏を追い出し、土佐国を統一。その後、阿波国や讃岐国、伊予国の土豪らを倒して、四国の統一を果たした。 しかし、豊臣秀吉の四国征伐によって降伏し、土佐一国の領有を許された。その後、秀吉の九州征伐、小田原征伐、文禄・慶長の役に従軍した。 内政面では、検地を行ったほか、分国法である「長宗我部元親百箇条」を定めた。 天文8年(1539年)、長宗我部国親の嫡子として、土佐国長岡郡の岡豊城で生まれる。母は本山氏の娘・祥鳳玄陽。土佐守護・細川晴元の偏諱を受け、元親と名乗る。
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