山田 毅一(やまだ きいち、1887年(明治20年)1月21日 – 1953年(昭和28年)4月15日)は、衆議院議員(立憲民政党)、ジャーナリスト。 富山県東礪波郡福野町(現在の南砺市)出身。早稲田大学・東京外国語学校に学んだ後、『東京日日新聞』・『やまと新聞』・『國民新聞』の記者を務めた。その間、樺太・沿海州・南洋諸島・欧米諸国などを歴訪した。その後、復興通信社を創業し、社長に就任した。 1928年(昭和3年)、第16回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第17回衆議院議員総選挙でも再選を果たした。 その後、南進社、南方産業調査会を主宰し、南方政策を研究した。
出典:ウィキペディア「山田毅一」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
