須貝智郎(すがい ともお、1953年1月23日 - )は、山形県を拠点に活躍する農業経営者兼インディーズのローカル・シンガーソングライター。同県南陽市内に個人事務所「ブリード」を立ち上げ、自ら所属している。 江戸時代から15代続く農家の長男として、東置賜郡和郷村(現:南陽市)法師柳に生まれる。 山形県立赤湯園芸高等学校(現:山形県立南陽高等学校)卒業後、コメの減反政策や農作物の価格低迷など農業を取り巻く環境に失望したこと、さらには泥まみれで働く父の姿を見て、百姓をやめて土木作業で生活の糧を得ようと決意。卒業と同時に家を出て日雇い労働者として全国各地を渡り歩いた。 そうした中、宿舎のラジオから流れてきた岡林信康の「山谷ブルース」の歌詞に自身の姿に重なり、感動を覚え、自分もそんな歌をつくりたいとの思いを抱いた。
出典:ウィキペディア「須貝智郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
