横山 東六(よこやま とうろく、本名:横山 登二、1906年11月11日 - 1980年11月6日)は、昭和期に活躍した漫才師、横山ホットブラザーズ創始者。 映画の楽士出身で、一家を従え楽器を用いた破天荒な漫才を行なった。賑やかで朗らかな芸風は息子達によって受け継がれている。 横山は本名由来で、横山エンタツ一門とは無関係。 愛媛県新居浜市の生まれ、19歳で来阪し桜ノ宮音楽学院で学んで映画の楽士になる 。1928年より関西交響楽団(現在の大阪フィルハーモニー交響楽団の前身とは別の団体。こちらは戦後の設立)に入団。傍ら楽士をしていたが映画のトーキー化で仕事が激減する。 1933年より陽気屋東六の名で音曲漫才に転向し、落語家出身の笑福亭福之助(後の鹿島洋々)とコンビを組み、新世界アシベ劇場で漫才初舞台。
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