岩瀬 弥助(いわせ やすけ、旧字:岩瀨彌助。1867年11月1日(慶応3年10月6日) - 1930年(昭和5年)1月3日)は、日本の実業家・慈善家。幼名は吉太郎。西尾鉄道初代社長を務めたほか、私財を投じて岩瀬文庫をも創設した。 三河国西尾城下の須田町(現・愛知県西尾市)にて、肥料商を営む岩瀬弥蔵の長男として生まれる。小学校を卒業すると家業を継いだ。1887年(明治20年)20歳の時に本家の猪代治が亡くなったため、本家の山本屋へ養子に入る。その際、猪代治の長女と結婚し、祖父の名を襲名して四代目弥助を名乗る。同年、旧西尾藩士・矢島貞廉(やじま ていれん)が中心となって結成した、法律、経済、社会問題について学ぶ「談話会」に入会し幹事となる。
出典:ウィキペディア「岩瀬弥助」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
