坪倉 鹿太郎(つぼくら ろくたろう、1856年(安政3年) - 1921年(大正10年))は、鳥取県日野郡の郷土史家で地方史編纂の先駆者。『凶年の後悔』『日野山桜』『日野郡野史』などの著書を残した。 米山(べいざん)、平六(へいろく)、「一畳亭」(いちじょうてい)とも号したが、いずれの文字も左右均整となっており、それは坪倉鹿太郎の几帳面な性格の表れだったという。 「つぼくら しかたろう」と紹介している文献もあるが、これは誤りである。本人が1920年(大正9年)に作成した書類に捺印があり、印には平仮名で「ろくたろう」と刻まれている。 1856年(安政3年)7月28日、鳥取県日野郡佐木谷村(現・日南町佐木谷)の農家に生まれる。
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