国分 謙吉(こくぶん けんきち、1878年(明治11年)2月3日 - 1958年(昭和33年)11月24日)は、農政指導者、政治家。岩手県知事2期(1947年 - 1955年)。 岩手県二戸郡福岡村下川又(現:二戸市)出身。旧盛岡藩士の父・国分喜惣治、母・ミセとの間に三男として生まれた。幼名は小八郎。 学問好きな父の方針により、学齢に達する前の数え年6歳で福岡尋常小学校に入学したが、教室を抜け出して遊び疲れることもままあり、1年落第した。 1888年(明治21年)、福岡尋常小学校に、4年間(落第した1年を加えると5年間)通学した後は、数え年13歳から、父の方針により、泉山銀行へ丁稚奉公に出た。昼は銀行の給仕として雑役いっさいを受け持ち、夜は呉服店の仕事を行い、他の人が寝静まると蝋燭の灯りをたよりに、農業書などを読んだ。
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