藤島 華僊(ふじしま かせん、慶応2年〈1866年〉3月 - 1929年〈昭和4年〉2月18日)は明治時代から昭和時代にかけての浮世絵師、日本画家。 慶応2年3月に上野国利根郡沼田倉村(現・群馬県沼田市)において生まれた。通称は徳四郎。浮世絵師としては藤島年美と号しており、後に永柳、華僊と号した。幼時より絵画を好み、12歳で青山翠山(福島柳圃の弟子)に師事、南宗画を習得し、後に東京へ上京して月岡芳年について風俗画を学び、小林永濯に師事し、永濯から画技を認められ、彼の養嗣子となった。1886年(明治19年)頃、芳年から門人27名にあてた書状『芳年門人一覧』の23番目に「上松本町二十番地細山方 藤嶋徳四郎殿」とみられる。
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