神田 重雄(かんだ しげお、1874年(明治7年)4月22日 - 1947年(昭和22年)12月6日)は、日本の政治家。青森県八戸市の2代目~4代目市長。八戸港の修築に尽力した。八戸市では岩岡徳兵衛と並んで名市長と讃えられる。 実弟に、毎日新聞社の主筆や東京本社代表取締役を務めた神田五雄がいる。 三戸郡湊村(現在の八戸市)に移住した斗南藩士の家に生まれる。 16歳から20歳までの間、郵便局を経営していた伯父を頼って根室に移り住み、学問を修め、伯父の下で働いた。 1894年に地元へ戻った後は湊尋常小学校教員を経て、1896年に湊村役場に勤め始める。1897年9月神戸で開かれた水産博覧会で、漁網の出展に携わったことをきっかけに長谷川藤次郎の影響を受けて、本格的に漁業に携わるようになった。
出典:ウィキペディア「神田重雄」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
