石橋 彦三郎(いしばし ひこさぶろう、1855年〈安政2年5月〉または1862年8月11日(文久2年7月16日) - 1938年または1939年)は、日本の実業家。滋賀県出身であるが、北海道に渡って「丸ヨ石橋彦三郎商店」の屋号で醤油醸造を手がけ、道内でトップ、日本でも「醤油御三家」に数えられる生産高の事業に育てた。 後の滋賀県犬上郡彦根町(現・彦根市)に生まれる。出生当時の名前は「捨治郎」もしくは「捨次郎」。彦治の五男であった。 兄の先代・彦三郎は彦根藩が幕末に北海道日高国沙流に藩士を駐在させる際に御用商人として箱館で米穀荒物商を開き、1871年(明治4年)に小樽に店舗を移した。先代・彦三郎は海産物を江戸に運ぶ事業もおこなったとされる。
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