黒瀬川 浪之助(くろせがわ なみのすけ、1885年3月20日 - 1957年12月30日)は、富山県射水郡(現在の氷見市)出身で友綱部屋に所属した大相撲力士。本名は本川 竹松。身長179cm、体重105kg。最高位は関脇。 子供の頃から土地相撲で活躍したが、1902年に役所に行って海軍兵を志願した時に、体格と50貫の大石を持ち上げるのを見た郡長から力士を勧められ、板垣退助に見出されて入門した。黒瀬川の名は板垣が命名した。1903年5月初土俵、1908年5月十両、1909年6月に入幕した。均整の取れた体格に色白の美男で人気があった。1913年1月大関駒ヶ嶽と預かり、横綱常陸山と引分など4勝1敗3分2預で翌場所関脇に昇進。
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