江戸ヶ崎 源弥(えどがさき げんや、1781年(天明元年) - 1812年(文化9年)8月16日(旧暦7月10日))は、相模国大住郡四之宮村(現:神奈川県平塚市四之宮)出身で桐山部屋に所属した大相撲力士。本名は平野 源弥(ひらの げんや)。最高位は関脇。 1781年(天明元年)に相模国大住郡四之宮村(現:神奈川県平塚市四之宮)の旧・平野家に生まれる。1794年(寛政6年)に桐山部屋へ入門、1795年(寛政7年)3月場所で初土俵を踏んだ。四股名は出身地の郡名に因んで「大隅」とした。 1797年(寛政9年)3月場所から三段目昇進が決定した際に、四股名を「荒馬」に変更した。その後も順調に出世していき、1798年(寛政10年)には久留米藩・有馬候の抱え力士となった。
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