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関戸由義

せきど よしつぐ
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関戸 由義(せきど よしつぐ、文政12年10月25日〈1829年11月21日〉 - 1888年〈明治21年〉8月17日)は、明治期に神戸の土地開発・売買・創業などを官吏・私人として行った人物。 文政12年10月(1829年11月)、越前国足羽郡下呉服町で、輪違平兵衛(薬種商第4代)と福井藩藩医の第四代山本正伯に乳母奉公した女性(名不詳)の間に生まれる。幼名は良平。 慶応年間に江戸へ移住し、医師として関戸由義と自称する。 明治元年3月上旬(1868年)に横浜港よりサンフランシスコへ密航。帰国後、兵庫県に洋学校設立を建白。明治2年12月4日(1870年1月)、民部省通商少佑として任官。明治4年3月24日(1871年)、兵庫県外務局勧業課少属に転じ、同年5月、兵庫県権大属北風正造と船舶無断売買問題で軋轢、のち和解した。

出典:ウィキペディア「関戸由義」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋