高津 仲次郎(たかつ なかじろう、1857年11月24日(安政4年10月8日) - 1928年(昭和3年)12月19日)は、明治から昭和時代初期の政治家、実業家。衆議院議員(4期)、群馬県会議員(7期)、従六位。 上野国緑野郡中島村(群馬県緑野郡小野村、多野郡小野村を経て現藤岡市)の高津類蔵(のち安蔵に改名)の次男として生まれる。母くめ、兄佐市は仲次郎の幼少時に死去した。生家は養蚕業を生業とした。幼くして渋川の藍園義塾に入り、漢学を修めたのち、1882年(明治15年)上京し専修学校に入り、法学および経済学を学んだ。さらに1883年(明治16年)埼玉県の発陽学舎に入り英学を修めた。1885年(明治18年)再び上京し旧制東京専門学校に入り英学および政治学を学んだ。
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