浅川 浩(あさかわ こう / ひろし、1869年3月6日(明治2年1月24日) - 1949年(昭和24年)2月10日)は、日本の実業家、政治家。憲政会・立憲民政党所属の衆議院議員。 甲斐国巨摩郡、後の北巨摩郡大泉村(現山梨県北杜市大泉町)で浅川荘衛の長男として生まれる。1883年4月に上京し明治学館で学ぶ。1886年に卒業して帰郷し、農蚕、酒造業を営むが成功せず、1890年、御料局雇となる。 1893年、北海道に移り上川郡旭川村戸長役場筆生に就任。以後、高鷲村戸長、旭川町会議員、同区会議員、旭川市会議員、北海道会議員、北海道教育会地方委員、旭川教育会理事、旭川精米社長、旭川酒造社長、北海畜産社長などを務めた。
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