中川 泉三(なかがわ せんぞう、1869年5月25日(明治2年4月14日) - 1939年(昭和14年)12月27日)は、日本の歴史家。 独学で地史研究・文筆力を養い滋賀県内各郡志の編纂に携わる。 中川泉三は、1869年(明治2年)4月14日に近江国坂田郡大野木村(現滋賀県米原市大野木)で宮川藩士中川洸平次の長男として生まれた。12歳の時に父が死去し、母の手一つで育てられ、母からは常に「友に劣るな、寡婦の子とそしりを受けるな。」と叱咤激励された。小学高等科卒業後、家業の農業に従事する傍ら、独学で学問を修め母校の代用教員まで務めた。 特に漢詩文に興味を持ち小野湖山・土屋鳳州らから添削指導を受けた。
出典:ウィキペディア「中川泉三」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
