三重ノ海 剛司(みえのうみ つよし、1948年2月4日 - )は、三重県松阪市出身で出羽海部屋に所属した元大相撲力士。第57代横綱。本名は石山 五郎(いしやま ごろう)。現役引退後は年寄として後進の指導に尽くし、日本相撲協会理事長、退職後は、相撲博物館館長を務めた。 幼少期は山で木を削って刀を作ったり、ターザンごっこをしたり、寺で三角ベースをやったりしていた。野球も少ししていたが、特別好きなチームはなく、好きな選手はいなかった。運動神経は悪かったため、野球ではチームの足を引っ張っていた。父が建設関係の仕事をしていたころは普通の生活を送っていたが、父が病気で倒れてからは途端に貧しくなった。以来、ベルトを買う金もなく、母の腰巻の紐で代用していたほどの貧窮家庭に育った。
出典:ウィキペディア「三重ノ海剛司」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
