璽光尊(じこうそん、1903年(明治36年)4月22日 - 1983年(昭和58年)8月16日)は、璽宇(じう)の教祖。本名は「長岡良子(ながおか ながこ)」。 璽光尊こと長岡良子は、1903年(明治36年)、岡山県御津郡江与味村(現久米郡美咲町江与味)に農家の娘として誕生した。当時の名前は大澤 ナカ(おおさわ なか、大澤 奈賀とも)。 璽宇の公式見解によると、璽光尊は旧岡山藩池田家第13代当主の侯爵池田詮政と安喜子夫人との間に生まれたご落胤であるという。ただし「落胤」とは高貴な男性が配偶者ではない女性と関係して産ませた私生児のことを意味する語なので、この場合は意味が通じない。安喜子夫人は皇族の出自で、池田家へ降嫁する前は安喜子女王といった。
出典:ウィキペディア「璽光尊」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
