野田 弘(のだ ひろむ、1919年9月10日 - 1997年1月10日)は、昭和時代日本の教育者。作詞家としての別名義に小川 楠一(おがわ くすいち)がある。 1919年(大正8年)、香川県三豊郡上高野村(現在の三豊市豊中町上高野)に生まれる。1939年(昭和14年)に香川県師範学校本科二部を卒業、県内各地で小学校教員を務めた。教員としては国語の指導に力を入れ、学習指導に関する著書を多数執筆している。 丸亀市立城北小学校の校長職に在った1953年(昭和28年)に香川県が実施した「香川県民歌」歌詞の一般公募で応募作が入選し、翌1954年(昭和29年)1月に制定される(「小川楠一」名義)。1960年代には、文部省の派遣で当時アメリカ合衆国の統治下にあった沖縄へ出向した。
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