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名取春仙

なとり しゅんせん
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名取 春仙(なとり しゅんせん、1886年(明治19年)2月7日 - 1960年(昭和35年)3月30日)は、明治から昭和時代の版画家、挿絵画家、浮世絵師、日本画家。 久保田米僊及び久保田金僊の門人。本名は芳之助。春僊、春川、黛子洞、梶蔦亭、青紫亭とも号す。山梨県中巨摩郡明穂村(現・南アルプス市小笠原)で、名取市四郎・みちの五男として生まれる。父・市太郎は両国屋という綿問屋で、雑貨なども商い、峡西地方の金融業・十圓社を興し、第十国立銀行創立の際にも若尾逸平らと共に資金を拠出、山梨県初代県議会議員の一人でもあった。ところが父の事業の失敗により、1歳の時東京に移る。1892年(明治25年)東京市立城東尋常高等小学校に入学。

出典:ウィキペディア「名取春仙」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋