結城 林蔵(ゆうき りんぞう、1866年-1945年)は、明治・大正・昭和期にかけての日本の写真技術家(製版術・写真工芸)。 『幕末明治の写真師 総覧』によれば、新潟県六日町(現在の南魚沼市)の出身である。昭和9年版(1934年)の『日本人事名鑑』記載の「結城林蔵」の項によれば、慶応2年2月(西暦1866年3月下旬または4月上旬)新潟県の久保田勘治の二男として出生し、明治19年(1886年)同県農業学校を卒業。結城義節の養子となり養父義節の二女とめと結婚して(養子・結婚の時期は不明)結城家の家督を明治28年(1895年)に相続している。 結城の卒業した新潟県農業学校がいかなるものかは不明。因みに、旧制新潟県立農林学校は1903年の創立とされていて該当しない。
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