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美

美馬君田

みま くんでん
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美馬 君田(みま くんでん、1812年(文化9年)- 1874年)は、幕末の尊攘運動家。 君田本姓は鎌田氏、名は諧、字は和南といい、通称援造・三嶺、号は君田、俳号は土仏・桜水と称した。 文化9年、阿波国美馬郡重清村字谷口(現徳島県美馬市)にて出生。願勝寺44代の住職である。諸国をまわり、のち讃岐(香川県)琴平で日柳燕石や植田有年ら同志とともに尊攘をとなえた。天保14年(1843)病気のため還俗して讃岐の琴平に住んだ。 君田は博学達識の人で和歌・俳句などに優れていたが、とくに知られているのは琴平在住の勤王の志士桂小五郎・高杉晋作・坂本竜馬と交流があり、特に日柳燕石とは「燕石ある処には必ず君田あり、君田の影には常に燕石あり」と言われるほどであった。

出典:ウィキペディア「美馬君田」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋