21代 田部 長右衛門(たべ/たなべ ちょうえもん、1850年10月16日〈嘉永3年9月11日〉 - 1942年〈昭和17年〉2月14日)は、明治から大正期の政治家、実業家、林業家。貴族院多額納税者議員。名は長秋。田部本家第21代当主。 出雲国能義郡母里村(伯太村、伯太町を経て現・島根県安来市)で宇山清左衛門の弟として生まれる。1874年(明治7年)1月、飯石郡吉田村(現・島根県雲南市吉田町吉田)でたたら製鉄業を営む20代田部長右衛門周重の養嗣子となる。1885年(明治18年)4月、家督を相続し、21代『田部長右衛門』を襲名する。 1879年(明治12年)、出雲国鉄師頭取に就任するが、洋鉄の流入により、1923年(大正12年)に和鉄経営を廃業した。
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