長島 康夫(ながしま やすお、1937年 - )は、島根県安来市出身(福岡県北九州市生まれ)の野球選手(投手)・監督。 北九州で生まれたが、1945年8月に製鉄会社に勤める父親の仕事の関係で、朝鮮東部の清津に住んでいた。旧ソ連軍の侵攻で残された家族は南を目指したが、旧ソ連占領下の平壌で収容され、小学3年時に当地で終戦を迎えた。終戦の3日前に民間召集で戦地へ行った父親は行方不明となり、母が一家を支えてきた。長島も生計を助けるため、牛乳配達をしていた。 戦後の混乱で、本土に引き揚げるまでに姉を栄養失調で失うなど、過酷な1年間を過ごしながら、母、妹と共に命からがら帰国。1946年7月に長島の家族を含む30 - 40人が収容所を脱出し、命がけで北緯38度線を越えた。
出典:ウィキペディア「長島康夫」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
