山田 孝道(やまだ こうどう、1863年8月1日 - 1928年1月7日)は、日本の仏教学者、曹洞宗の僧侶。曹洞宗大学林(現・駒澤大学)教頭。地福寺住職、大龍寺住職、大慈寺住職。道号は哲巌、湖南と号することも。世寿満64才、数66歳。 1863年(文久3年)8月1日、島根縣能義郡廣瀨町(現・島根県安来市)、広瀬藩士山田央(益之)の三男として生れる。幼名は恭三郎。明治11年5月27日、同縣能義郡澤村地福︀寺の住職影山虚巖について得度。明治9年9月から11年8月まで廣瀨町修文館にて漢学を修める。明治11年9月から兵庫県三田村心月院の住職蘆浦黙應に随侍し、明治14年8月、島根県曹洞宗専門支校を卒業、同年冬、島根県山中村(伯耆)の退休寺太田有典の常恒会にて長老を勤める。
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