清水 賢(しみず まさる、1942年 - 2009年10月1日)は、鳥取県出身のプロ野球選手。 鳥取県米子市出身。米子東高校では岡本利之の指導を受け、3年春の選抜に出場。山陰勢初の甲子園決勝進出を果たしたが、バッテリーを組んだ宮本洋二郎が高松商業高校の山口富士雄に左翼ラッキーゾーンにサヨナラ本塁打を浴び、準優勝に終わる。夏の甲子園でも1勝したが、2回戦で徳島商業高校に完敗した。秋の熊本国体でも準優勝。 その後東映フライヤーズに入団したが、2年間出場なしに終わった。 2009年10月1日死去。 この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球選手/P野球)。
出典:ウィキペディア「清水賢」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
