小城 得達(おぎ ありたつ、1942年12月10日 - )は、広島県広島市千田町(現・中区)出身の元サッカー選手(FW、MF、DF)・コーチ・監督。 昭和40年代を代表する名選手の1人であり、釜本邦茂・杉山隆一・宮本輝紀と共に当時のスタープレイヤーの一人。現役時代はフォワードもミッドフィルダーもディフェンダーもこなしたオールラウンドプレーヤーで、日本代表として東京五輪およびメキシコ五輪でフル出場を果たし、メキシコでは銅メダル獲得に貢献。 前広島県サッカー協会会長。 実家は材木店を営んでいたが、2歳の夏に爆心地に近い千田町で被爆。倒れた柱と柱が隙間を作り、母と姉と共に助かる。広島大学附属小学校時代はサッカーを楽しむ程度であり、ちょうど広島カープが誕生したため野球が大好きになり、体もひ弱であったため野球に興じる。
出典:ウィキペディア「小城得達」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
