東條 輝雄(とうじょう てるお、1914年(大正3年)9月23日 - 2012年(平成24年)11月9日)は、昭和期の日本の航空技術者、実業家。 陸軍大将・第40代内閣総理大臣:東條英機の次男として東京府東京市(現東京都)にて出生。東京府立第六中学校、旧制福岡高等学校を卒業。当初は数学が好きなので数学の先生になることを考え、大学受験時に父に相談すると、飛行機を勧められ、航空学科を選択した。1937年(昭和12年)3月、東京帝国大学工学部航空学科を卒業。同期は高山捷一、内藤子生、渋谷巌などで「花の十二年組」と呼ばれた。三菱重工業に入社し、名古屋航空機製作所に勤務。ゼロ戦の設計チームに配属され、強度計算を担当した。
出典:ウィキペディア「東條輝雄」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
