高辻 正己(たかつじ まさみ、1910年1月19日 - 1997年5月20日)は、日本の官僚、裁判官。竹下改造内閣で法務大臣を務めた。甥に外交官の青木盛久がいる。名前は正巳とも。 1910年(明治43年)静岡県沼津出身。東京府立四中、旧制三高を経て、1935年(昭和10年)東京帝国大学法学部卒業。内務省入省。第二次世界大戦後、1951年(昭和31年)には日ソ交渉全権委員の随行員としてソビエト連邦を訪問している。 その後、地方自治庁部長などを経て、内閣法制次長時代に自衛隊を「必要最小限の戦力」と解釈する。1964年(昭和39年)から1972年(昭和47年)にかけて第1次佐藤内閣~第3次佐藤内閣まで内閣法制局長官を務め、東大確認書問題、自衛隊の交戦権問題、沖縄返還や沖縄公用地問題について法律面から佐藤内閣を支えた。
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