立原 道造(たちはら みちぞう、1914年〈大正3年〉7月30日 - 1939年〈昭和14年〉3月29日)は、昭和初期に活躍し、24歳8か月で急逝した日本の詩人。建築家としての足跡も残した。別筆名(旧制一高時代の短歌投稿時に使用)に、三木祥彦・山木祥彦がある。東京帝国大学工学部建築学科卒業、学位(当時は称号)は工学士(東京帝国大学)。東大建築学科在学中の3年間、同学科より辰野賞を連続受賞、詩作では1938年に中原中也賞を受賞。 東京都中央区に生まれた。東京府立三中で芥川以来の秀才と称された。一高在学中に三中の先輩でもある堀辰雄を知り、また室生犀星に師事。東大在学中の夏に、信濃追分に滞在、土地の旧家の孫娘に恋をする。
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