松田 義郎(まつだ よしろう、1898年 - 没年不詳)は、日本のアナウンサー。ラジオ創生期の日本放送協会で活動した。 生家は味噌・醤油醸造業の「松田屋」(松田甚兵衛参照)。旧制東京府立第三中学校(現・東京都立両国高等学校・附属中学校)、旧制官立第四高等学校、早稲田大学政治経済学科を経て、兄とともに家業を手伝ったのち、1926年2月、社団法人東京放送局(のちの日本放送協会東京放送局)に入局。 株式市況、ニュース、天気予報の読み上げを担当したほか、肉声で時報を担当し、1932年末の自動化まで務めた[要出典]。 政府による各種式典の音声中継に、スタジオで予定稿とブザーによる合図を使ってアナウンスを追加する、「式典放送」と呼ばれる疑似実況放送を得意とした。
出典:ウィキペディア「松田義郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
