太田 祐一(おおた すけかず、1913年 - 1998年)は日本の自動車技術者・自動車デザイナー。1957年(昭和32年)に日本内燃機と合併するまで存在していた日本の自動車メーカー・オオタ自動車工業の創業者・太田祐雄の長男である。 父・祐雄が巣鴨郊外に個人経営の「太田工場」を開業、教材用の小型発動機、模型飛行機、オートバイ部品製造に着手した翌年に出生。少年時代から父の仕事を手伝い、府立実科工業学校機械科在学中も、教師の許可を得て製図の時間に父の描いた図面のトレースを行っていた。 父の町工場が三井財閥の出資で、資本金100万円の「高速機関工業」に改組された翌年の1936年(昭和11年)、同社に入社。
出典:ウィキペディア「太田祐一」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
