中村 曜子(なかむら ようこ、1926年2月21日 - 1992年2月10日)は、日本の美術商。月光荘社長。ピアニスト中村紘子の生母としても知られる。 中村正次、かきをの長女として生まれる。父の正次は山梨県の出で、「軍人」と伝えられることもあったが、正確には憲兵であった。父の転任に伴ってたびたび転居を繰り返し、満州にいたこともあるという。 高等女学校に入学するころ東京に移り、市ヶ谷近辺の官舎に居住。1期生として東京都立桜町高等女学校(現・東京都立桜町高等学校)に学び、1943年に同校を卒業した後、2年制の同校家庭科に進むが、家庭科1年のとき陸軍士官学校教官の野村典夫の子を宿し、疎開先の山梨県塩山で1944年7月に紘子を出産した。
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