三富 朽葉(みとみ くちは/きゅうよう、1889年〈明治22年〉8月14日 - 1917年〈大正6年〉8月2日)は、日本の詩人。本名は義臣。 長崎県石田郡武生水村(現・壱岐市)生まれ。父・道臣は石田郡長を務めた。1896年、本家の伯父三富浄の養嗣子となる。旧制暁星中学校を経て、1908年に早稲田大学予科を修了し、早稲田大学本科英文科に入学する。大学の同期には宇野浩二・廣津和郎がいる。1909年、人見東明、加藤介春、福田夕咲らとともに、自由詩社を結成する。自由詩風で認められ、またフランス文学批評も著した。1911年、早稲田大学英文科を卒業。 1917年8月2日、犬吠埼君ヶ浜で溺れた友人の今井白楊を助けようとして、そのまま水死した。
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