徳大寺 伸(とくだいじ しん、本名・寺田静夫、1911年〈明治44年〉10月5日 - 1995年〈平成7年〉7月19日)は、日本の俳優、実業家。慶應義塾大学中退。 赤坂の料亭「金林」を営む寺田きんの店に、歌舞伎役者の六代目尾上菊五郎がよく訪れていたのがきっかけで、実弟である後の七世尾上梅幸が養子となる。 慶應義塾大学中退後、1932年に松竹に入社。当初は文芸係兼舞台監事として勤務していたが、松竹社長の大谷竹次郎の推薦で俳優に転向。松竹蒲田撮影所に転籍する。翌年、『大学の若旦那』でデビュー。当初の芸名は大綱豪であったが、名前が強すぎるとのことで、徳大寺伸に変更する。芸名の由来は、徳大寺の大は当時の松竹社長であった大谷社長の大の字をとり、伸は長谷川伸の伸の字をとったとのことである。
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