二代目 諸戸 清六(にだいめ もろと せいろく、1888年(明治21年)7月24日 - 1969年(昭和44年)12月1日)は、大正・昭和時代の資産家、実業家。旧名は清吾。氏は諸戸氏、家名は諸戸家。三重農場取締役会長。諸戸殖産社長。諸戸合名代表社員。三菱鉱業、朝鮮無煙炭各監査役。三重県桑名で家業の山林経営をつぎ、林産物の生産、加工、販売などをおこなう。 1888年(明治21年)7月24日に三重県に生まれた。初代諸戸清六の四男、諸戸精太の弟、諸戸精文の叔父である。初代清六と深い親交のあった大隈重信が設立に関わった早稲田中学校に進学したが、彼が18歳の時初代清六が没したため、急遽呼び戻され、次男精太が初代の屋敷を継承し、四男清吾が清六の名を襲名した。
出典:ウィキペディア「諸戸清六 (2代目)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
