角尾 晋(つのお すすむ、1892年(明治25年) - 1945年(昭和20年)8月22日)は、日本の医学者。原爆被災時の長崎医科大学学長として知られる。東京出身。 東京・下谷に生まれる。獨協中学、一高を経て東京帝国大学医科に入学、内科学を修めいわゆる「銀時計組」(成績優等者)として卒業。長崎医科大学助教授となり、2年間の海外留学を経て帰国後教授に昇任、第二内科を担当した。1936年(昭和11年)7月、第5代長崎医大学長に就任し、1940年5月より1944年3月まで戦時期の医師速成のため設置された臨時附属医学専門部の部長を兼ねた。また1942年5月以降は新設の「東亜風土病研究所」の所長も兼任した。
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