赤星 鐡馬(あかぼし てつま、1882年(明治15年)1月11日 - 1951年(昭和26年)11月8日)は、日本の実業家である。泰昌銀行頭取。 東京府神田区猿楽町(現東京都千代田区神田猿楽町)で、海軍への物資調達で巨万の富を築いた赤星弥之助の息子(六男七女の長男)として生まれ、莫大な遺産を相続した。赤星家の財産はこの弥之助が築いたものである。1895年(明治28年)番町小学校高等科を卒業し、1901年(明治34年)に東京中学を卒業後渡米し、ローレンスビル・スクールに入学。1904年(明治37年)父の病気のため一時帰国。父親の死去にともない家業を継ぐ。1906年(明治39年)に再渡米し、ペンシルベニア大学卒業後、1908年(明治41年)に帰国し、同年12月、一年志願兵として麻布の騎兵第1連隊に入隊し、1909年(明治42年)12月、予備役編入となり除隊し、1910年(明治43年)予備役騎兵少尉、1922年(大正11年)後備役騎兵中尉となる。
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