神谷 定男(かみや さだお、1931年10月11日 - 2016年12月18日[要出典])は、東京都大田区出身の元プロ野球選手(内野手)。 東京高から、1950年に東急フライヤーズへ入団したが、同年限りで退団。 その後、社会人野球のトキコを経て、1953年に東急フライヤーズへ復帰し、176試合に出場。1956年限りで現役を引退。 引退後はコーチとなり、1969年には松木謙治郎監督が急性胃炎で休養したため代理監督を8試合務めた。1985年には東映時代の後輩土橋正幸の下でヤクルトの作戦コーチを務めた。
出典:ウィキペディア「神谷定男」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
